時代の変化にあってイエスに集中を

Photo: Jon Carlson

各地の美しい多様性の中、メノナイト世界会議(MWC)の「共有の確信」は、加盟教会においてどのように用いられているでしょうか。世界的な交わりと、

本号の特集記事では、世界中の教会が証ししているアナバプテスト・メノナイトの信仰のかたちや流れを取り上げました。当コラムでは、さまざまな地域の教会指導者に、MWCの「共有の確信」がそれぞれの文脈でどんなかたちと意味をなしているか、それぞれの観点から語っていただきました

時代の変化にあってイエスに集中を

イエスは神のひとり子です。その生涯と教え、十字架と復活を通して、私たちが忠実な弟子となる道を示し、この世を贖い、永遠の命をくださいます。

北米の教会は急激な変化を経験している。その変化は16世紀の宗教改革にも匹敵する大きさだという声も多い。伝統的な信仰理解には疑問符がつけられている。かつての枠組みはもはや機能しない。新しい教会のかたちができつつある。

変化の時代にこそ、基礎的な確信が新しい方向に進む勇気、安定性、土台を提供する。世界のアナバプテストの「共有の確信」7項目は、そんな基礎を提供してくれる。

イエスは主である

私たちの教会の間で新たに強調され、新たな教会改革の中心とも思われるのが、イエスが主であるとの確信である。かつてアナバプテストの先人たちが、何世紀にもわたって秘跡と儀式に覆い隠されてきたイエスの生き生きとした姿を再発見したように、こんにちイエスの生き方に日々従うことがますます強調されている。イエスが主であることは、イエスが救い主であることよりも強調されるくらいである。まさに、イエス以外の主に従うことからこそ、私たちは救われねばならないのだ。

「共有の確信」第2条にある「イエスは神のひとり子です」という言葉は、とりわけ私のムスリムの友人に、しばしば誤解される。私が住むカナダの町ではおよそ13,000人がイスラム教徒である。彼らは「神の子」を神との関係の近しさよりも、血のつながりと考えがちだ。私はむしろ「イエスはメシアであり、神を理解する最良の方法だ」というようにしている。ムスリムの友人は、神の霊に満たされた人間として、イエスを理解し尊重してくれる。こうして、イエス・キリストを通して明らかにされる神の育みと励ましを、いかに自分の生活に取り入れていくか、話し合うことができるようになる。

イエスは平和である

北米で私たちの間には多くの分裂や意見の不一致があり、それらは聖書解釈の違いにより生じているといえる。聖書をかなり字義どおりかつ均一に捉えようとする信徒や教会もある。旧約聖書や書簡の教えを、イエスの教えと同等に受け入れようとしがちだ。「共有の確信」第4条は、むしろイエス・キリストの光に照らして聖書を解釈することをすすめており有益だ。

非常に残念なのは、アメリカの銃文化とそれがもたらす暴力である。平和づくりと正義と分かち合いを強調する「共有の確信」第5条は、引き続き強調されなければならない。ベトナム戦争の頃、ジェネラル・カンファレンス・メノナイト教会(アメリカ)西部地区では、17歳の若者全員を対象に徴兵前の訓練合宿を行った。そこで紛争の原因や平和についての聖書の教えの基本をしっかり教えたところ、参加者のほとんどが代替奉仕を選んだのである。

平和の道を互いに教え合い若者にも教える、こんにちに合った新しい創造的な方法が必要である。

イエスは教師である

北米において、そしておそらく世界中でも、問われ続けている問題に「いかにしてわれわれ独自のアナバプテスト的なキリスト教信仰理解を強めつつ、他のキリスト教派との一致を重んじればいいか。いかにして、他教派のキリスト教徒や他宗教の信徒と競ったり批判したりせずに、自らの信仰を強めていけるか」というものがある。

MWCの「共有の確信」とならんで、私たちの信仰の中核を簡潔に3つにまとめたものがある。「イエスが私たちの信仰の中心である」「教会共同体が私たちの生活の中心である」「和解が私たちの働きの中心である」というものだ。

アナバプテスト運動と初代教会が重んじたこれら3つの価値は、メノナイト・ミッション・ネットワークが2008年に刊行した冊子『アナバプテストのクリスチャンとは何か』によって改めて注目され、冊子は20カ国語以上に翻訳されている。

米国メノナイト教会は3つの価値を長期事業計画の基礎として用いている。教会案内に取り入れて自らのアイデンティティを明らかにしている教会は数えきれない。これらをテーマとした説教を行う牧師や、キリスト教入門の学習に役立てているグループもある。

フィリピンのピースビルダーズ・コミュニティのダン・パントーヤ氏は「これを私たちの世界観として採用した」といい、タイのワークショップでは参加者が「メノナイトのキリスト教徒とはこういう意味だとやっとわかった」といった。

「共有の確信」にせよ3つの価値にせよ、これで完全な真理が得られたわけではないことを知るべきだと私は思う。私たちは互いに学び合わなければならない。ともに理解を深めることで、私たちはみな強くなれる。

世界のアナバプテストによる「共有の確信」は、私たちが信じることを明言している。これらの信条は神に対する、互いに対する、地球全体に対する、私たちの思いをはっきりさせるのに役立つ。翻ってその思いは、私たちの行動を導く。

初代教会や初期アナバプテストのキリスト教徒は、迫害と死にもかかわらず、自らの信仰を勇気をもって生きた。その確信が私たちを愛と勇気で満たし、変動するこの時代にイエスに従って生きることができるように祈る。

パーマー・ベッカー氏は牧師、開拓伝道者、宣教師、教会団体役員、教育者を歴任。著書に『アナバプテストのクリスチャンとは何か』、『アナバプテストの精髄:ユニークなキリスト教信仰の10項目』(近刊)がある。妻アーディスさんとオンタリオ州キッチナー(カナダ)在住。4人の成人した子がいる。

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