今日および将来における聖書の役割

World Mennonites celebrated in the transforming power of the Word at the first Renewal 2027 event in Augsburg, Germany, in February 2017. Photo: Wilhelm Unger.

16世紀、当時もっとも優れた神学者たちの中に、新しい仕方で聖書を読みだした人たちがいました。テキストそのものは変わりませんでしたが、ローマカトリック教会での経験、自らによる聖書研究、そして聖霊の働きにより、彼らは神の恵みや無償で与えられる救いについて、新しい理解を発展させていったのです。

熱意をもって教会を改革しようとした人たちの中に、神学と実践をより徹底的に改革し、新約聖書に描かれるような共同体を取り戻したいと願う人たちがいました。再洗礼派として知られる人たちです。その人たちの多くが、新しいあり方を主張したために命を落としました。

イエスの弟子たち

初期の再洗礼派は、とにかく徹底的に聖書を読む人たちでした。神の支配(国)は国家ではなく教会を中心とすべきだと考え、キリストのからだ(教会)に属する者はそれに相応しい性質を目に見える形で示すべきだと主張しました。自らを現代版イエスの弟子と捉え、それゆえイエスの教えに特別な重きをおきました。気前よく与えること、敵を愛すること、癒し・正義・希望という神の働きに参加することなどです。成人による信仰告白に基づいた自発的な教会を作り、互いに助け合い、教会戒規を実践しました。

こうした初期の急進改革派の霊的末裔として、私たちの神学的伝統や教会実践はこれらの考えを反映してきました。しかし、500年近くたって、私たちの状況は大きく異なっています。政教分離は望ましい忠誠心についての神学的問題というより、私の住むアメリカでは、憲法に盛り込まれた政治的問題と捉えられています。

初期再洗礼派を迫害したかつての敵は、今や共に働く兄弟姉妹となり、宣教や地域の活性化、医療・福祉・教育などの事業に共同で携わっています。

今でも国教制度を批判し、キリスト教に特権を与えるような政治的・文化的現実はなくすべきだと考えていますが、他方では妥協を受け入れ、歓迎すらしています。そうこうするうち、次第に社会は世俗化し、次第に世俗化した教会が幅をきかせるようになりました。

もう一度徹底的に聖書を読む

それでもなお、初期再洗礼派の精神を受け継いで徹底的に聖書を読むことが、今日求められていると思います。テキストが変わったからではなく、私たちが生きている時代が変わったからです。神の言葉に改めて向き合い、自らの神学的伝統をふまえ、キリスト教徒としてこの世を生きる知恵、すべての人をイエスに従う神の子になるよう招く宣教に取り組む知恵を探るよう求められているのです。

積極的想像力と導く勇気

16世紀と同様、21世紀もまたアナバプティズムを求めています。神か国家か、という忠誠心の問題はまだなくなっていません。強い軍事力をもつ合衆国のような国に住む人たちにとって、安全を国家に守ってもらいたいという誘惑はとくに強いものです。

私たちは特権があることに慣らされて育っています。私の周囲では、社会の世俗化とそれが教会にもたらす影響とたたかう人々がいます。私たちはこの世が快適だと思って育っています。消費社会の魅力に抗って、簡素で惜しみなく与える生き方をするのが難しいこともあります。悲しむべきことに、同じ伝統の中でさえ神学的な違いをめぐって争い、イエスの救いを通して人も共同体も変えられるのだというメッセージを共に宣べ伝えることができずにいます。

私たちは積極的な想像力をもって、教会が名実ともにキリストのからだとなる方法を構想し、導く勇気を必要としています。これらについて聖書から学ぶ余地はまだたくさんあります。

アナバプティズムを分権化する

他にも変わったことがあります。何世紀もの間、神学運動としてのアナバプティズムは、主にメノナイトや他のアナバプテスト系教会の伝統と結びついていました。しかし今日、アナバプティズムは多様なキリスト教集団に受け入れられ、人々は教派よりもネットワークとしてつ

ながり、出版物やウェブサイトを通して広まっています。世界中のキリスト教徒が、初期の再洗礼派運動を生み出した聖書の教えを発見し、それぞれの信仰共同体の内部でそれを実践しようとしているのです。

こうした人々はネオ・アナバプテストとか、スチュワート・マーレーの言葉で「素顔の」アナバプテストとよばれます。自分の教派の伝統にとどまりますが、長くアナバプテストの共同体を性格づけてきた神学の方向と実践に影響を受けています。「古い」アナバプテストと「新しい」アナバプテストが共に探求し、研究し、互いから学び合い、愛と善い行いについて励まし合う時代に生きるのはわくわくします。教会とこの世について私に希望を抱かせてくれます。

私が大切だと思うのは、アナバプテストの思想と実践を通して聖書を読むのは、単に過去を回復したり、私たちの霊的な先祖をたたえるためではなく、21世紀にイエスに従う者として忠実に生きるためだということです。かつての急進的な改革者たちの勇気を、神が私たちに与えてくださいますように。

—ヴァレリー・G・レンペルは、フレズノ・パシフィック聖書神学校(米国カリフォルニア州フレズノ)の教授。カレッジ・コミュニティ教会の会員。

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